2014年3月23日日曜日

青年海外協力隊を目指したきっかけ〜病院時代〜

アフリカで栄養士として働きたいと思い始めて、
周りの話をきいたり、本を読んだりして、総合的に自分なりに考えた結果、

まずは総合病院の管理栄養士として働こうと決めました。


決めるのは勝手だけど、就活はしなくてはいけないので。
しかも、総合病院で産科小児科があって、直営の病院で、未経験の新卒を雇ってくれる病院・・・。。
もうそれだけで、探すのが大変。
都内で探すなんてもう無理で。

関東でも難しいから、結局最終的には日本国内で探した。

一番上は、栃木で下は宮崎まで。
受験にいく交通費がなくてお姉ちゃんに借金したりして。

それでも最終的に卒業するまでは決まらなくて。
妥協するのは嫌だから、就活浪人しようと決めた矢先に、
5月から神奈川の大学病院での就職が決まりました。

病院では、3年9ヶ月働きました。
その間には、基本は大量調理。
その他には、調乳したり、離乳食作ったり、病棟で栄養管理計画書作って。
糖尿病教室したり、展示物作成したりと。

仕事を始めてからの3年間は、もう国際協力のこととかはほぼ何もしてなかった。
時々本を読んだりするだけ。いつかはいきたいと思いつつ、
好きな人ができて、あきらめようかなと思ったり。

だけど、大好きだった人と別れてすごく落ち込んでいた時に友人から、
「恋愛は駄目だったけど、お前には夢が残ってるじゃん。それを叶えればいいじゃん、
さっこちゃんなら叶えられるよ」っていわれた。

落ち込んでいた中で、その言葉がいちばんストンとはいってきて、
今でも印象的で忘れられない言葉。

そこからまたがんばろうと、2013年の夏から、国際保健活動を行っているNPOで
ボランティアを始めました。

ボランティアを始めてから、改めてやっぱりこの道で働きたいって実感した。

本当は専門職だから、5年間は日本で働こうと思っていたけど、
3年以上過ぎて、自分の中でも今でもいいかもしれないという思いもあって、
青年海外協力隊にチャレンジをした。

受験にあたってはまた色々思うこともあったけど、
それは受験の話で書けたら書こうかなー。

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